「なりたい自分」になるために

「なりたい自分になりたくてVtuberになった」私のTwitterのフォロワーにちらほらそんな人がいます。バ美肉を自称する人は特に「異性の自分になりたくてVtuberをはじめた」というパターンが散見されます。容姿を自由自在に設定できるVtuberというコンテンツなら確かにそうかもしれませんが…では果たしてVtuberになることで本当にその願望は叶うんでしょうか?

私は「半分正解半分間違い」だと考えてます。というのも、自分を変える事って本来は超がつくほど自分に負担をかけることなんですよね。なりたい姿が人外ならこの限りではないので「半分正解」というわけで。
容姿を変えるにしても、肉体改造やダイエットなんて一朝一夕でどうにかなるものではありません。方法を間違えれば全く効果が出ないどころか最悪命に関わる場合もあり得る。
内面的・精神的な問題にしても一度ついた癖や習慣はそう簡単に上書きできるものではありませんし、無理に変えようとすると余計なストレスになって持続しないことだってある。
その他様々な観点から変えることが絶望的な要素もある。

その点、バーチャルというコンテンツは姿さえどうにかできればいい分ハードルが低く、書き方は悪いですが楽してなりたい自分になれると錯覚してしまいます。が、現実はそんなに甘くありません。簡単に美男美女になれてしまう分、声・喋り方・内面的な問題といった容姿以外の要素の粗が際立ってしまうんですよね。人間、どうしても長所よりも短所に目が行きがちなので粗が目立つと相手にされないどころか長きにわたって中傷に晒されることも珍しくありません。

大勢の人間に馬鹿にされ続ける姿が果たして貴方が望んだ「自分のなりたい姿」ですか?

 

私はVtuberを始める前、密かに女装にのめり込んでいた時期がありました。単純に興味本位だったのと、異性への憧れからです。しかし、どんな方法を試しても自分が思うような姿にはなれず一度挫折していました。それから月日が経って2018年5月、当時ニコニコ動画で実況動画の投稿をメインに活動していた頃に先輩実況者であり現在私のLive2Dを手掛けてくださっている@おどろくさんがVtuberとしてデビューしたことに影響され、自分のクリエイターとしての生き残りをかけて(その当時はniconico運営の暴挙が元でユーザーが激減していたがために動画の再生数が伸び悩んでいた)独学でLive2Dのノウハウを身に着け「衣笠このは」という名前の狐耳の女の子のVtuberとしてデビューすることになります。デビューの動機こそ不純なものの、バ美肉Vtuberとして活動していく中で一度は女装という形で挫折していた異性としての自分の姿への憧れが微かにではありますが再熱、ルックスというハードルがクリアできるVtuberというコンテンツを通してなら実現できるかもしれないという思いで今日まで試行錯誤を続けてきました。で、結果はどうだったかと言うと…

そもそも絶対にバーチャルでなければいけない理由なんて存在しないしバーチャルでなくても実現可能だった

これが3年とちょっとバ美肉Vtuberとして活動してきた私が辿り着いた答えです。

お恥ずかしい話ですが、私は無知でした。Vtuberとして活動する中で知り合ったとある女性Vtuberの方が”(曰く)2.5次元の姿”で活動している姿を見てしまったのですが…2.5次元、要するにLive2Dや3Dでの姿をそのまま現実世界での人間の身体に落とし込んだ姿(=早い話がコスプレ)なのですが、このアプローチの仕方を知った時の衝撃たるや。これまである種の「バーチャル万能説」を信奉していた自分の考え方を根底から覆されることになりました。

その日から、バーチャルの姿だけで活動していく事に対する迷いが生まれたと言いますか、バーチャルの中だけで自己実現することが一種の「逃げ」なのではないかとも考えるようになってきたのです。

都合のいい方向に逃げてばかりで手に入れた見せかけの姿では納得できない、多少苦労してでも本当になりたかった自分の姿を実現させたい、そんな思いで「バーチャルに固執しない、なりたい自分の姿=”実写版赤井このは”」を作ろうと決心して、今年8月から水面下でその準備を進めています。

バーチャルは都合のいい魔法じゃない

人のことを言える立場でないことは重々承知なのですが、所謂「バ美肉」と呼ばれるVtuberはピンキリです。声も仕草も本当の女性と遜色ないレベルのクオリティが高い方がいるかと思えば、キャラ設定がブレまくりだわ中の人がしゃしゃりでてきてボヤいてるわとお粗末そのものな方もいます。前者は自分が目指す姿を実現するために相当な努力をしたことは間違いありませんが、後者はどうでしょうか。「Vtuberという肩書きを手に入れること」と「自分のなりたい姿になること」がイコールだと考えているのかもしれませんが、前述の通りそれが100%正しいという確証はありません。
バーチャルというコンテンツを過信しすぎて粗が出るというのが後者のパターンで、一時期の私もそんな状態でした。

さらに言えばバーチャルの存在になることがそのためのゴールなのだとしたら、必然的にクオリティが御座なりになる分、よほどのことが無い限りは社交辞令くらいでしか誰も相手にしてくれません。実際そんな一例を自分のフォロワー(と言っても私からフォローしてるわけじゃないので全く言葉を交わしたことはないのですが)に見つけてしまったことがあります。

バーチャルの力を過信しすぎず、自分の目で見ても、第三者の目から見られても、私がなりたい「狐耳の女の子」だと認められることを目指す。これが、この先赤井このはとして私が目指していく姿です。それはかなり長い視野で見ていかないといけないことで、おそらく途方もない苦労がこの先付きまとうことになると思います。それでも「自分を変えることに伴う痛み」から逃げることなくそれらを超克すれば、必ず目指す姿にたどり着けると私は信じています。

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